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発達障害のわが子を“普通”の子と比べて苦しかった私
私には、発達障害と診断された5歳の息子がいます。
初めてのわが子でしたが、想像していた育児とはまったく違いました。
呼びかけても反応がなく、言葉は出ない。
癇癪を起こしては泣き続ける姿に「どう育てたらいいの?」と、何度も泣いていた私。
療育園に通ったり、おしゃべり上達メソッドを学んだりして、少しずつ息子を受け入れられるようになっていきました。
それでも、同世代の子どもたちを見ると、どうしても比べてしまいます。
外に出れば、息子の癇癪や独特の行動に周囲の視線を感じ、「ああ、この子は“普通”じゃないんだ」 と実感することも。
“普通”を手放したいと思いながらも、心のどこかでまだ憧れの気持ちがありました。

発達障害のわが子にこぼれた「普通でいてほしい」という本音
息子は1、2歳クラスまでは地域の保育所に通い、年少・年中は児童発達支援センターに通っています。
年長になる来年度の進路をどうするか、最近はよく考えるようになりました。
そこで、進路の候補にしている保育所の園庭開放に、息子と一緒に参加。
最初の5分ほどは落ち着いていたのですが、突然「出たい」と腕を引っ張ってきたのです。
廊下で少しクールダウンして、もう一度部屋に入ってみましたが、「もう帰る!」と泣き出してしまいました。
もうひと踏ん張りしようと思いましたが、息子の癇癪が止まらなくなり、部屋中に泣き声が響き渡ったのです。
周りの子たちは誰も泣いてもいない、怒ってもいない。
定型発達の子が多い環境に親子で参加して、久々に心が締めつけられた気分でした。
逃げるように車に戻り、泣いている息子に向かって、私も涙を流しながら叫びました。
「なんでそんなに泣くの⁉︎お願いだから、普通の子になって!」
自分の口から出た言葉にハッとし、深い罪悪感が込み上げてきました。

発達障害のわが子を“普通”と比べない視点に出会って
息子に“普通”を求めてしまう自分が苦しく、このままではいけないと思っていました。
そんなある日、SNSで精神科医さわ先生の著書『「発達ユニークな子」が思っていること』が紹介されているのを目にしました。
印象に残ったのは、「発達ユニークな子」という言葉。
発達障害と呼ばれがちな時代に、発達ユニークな子という言葉には、子どもの個性をやさしく受け止めてくれる温かさを感じたのです。
紹介記事やレビューを読むうちに、普通になってほしいと願ってしまう私の気持ちを解きほぐしてくれるかもしれないと思い、手に取りました。
普通を追わない大切さを学んだ発達障害のわが子との3つの気づき
さわ先生の本を読み進める中で、息子への悩みと重なる部分がたくさんありました。
特に強く心に刻んだ気づきが3つあります。
①特性は努力で変えさせるものではなく、環境で支えるもの
特性は努力で変えるのではなく、受け止めて環境で支えるものだと気づきました。
聴覚過敏のある息子に寄り添えなかった過去がありますが、耐えられる音は本人にしかわからず日によっても違います。
だからこそ、安心できる環境づくりを一緒に考えることが大切だと感じました。
②癇癪は“問題行動”ではなく、まだ言葉で伝えられない子どものSOS
癇癪はわがままでも反抗でもなく、「つらい」「助けて」という精一杯のサインです。
息子の癇癪が起きると、どうしても私も感情に巻き込まれる時があります。
叱るのではなく、気持ちを言葉に置き換える手助けをすることが、息子を理解する一歩になるのだと気づきました。
③“普通”ではなくわが子らしさを軸に、最適な環境を考えること
ユニークさとは息子が生まれながらに持つ“わが子らしさ”です。
“普通”や“多数派”に合わせるのではなく、安心で過ごしやすい環境を探すことが、息子のユニークさを守りながら支えることだと感じました。

発達障害のわが子と歩む、ありのままを大切にする子育て
園庭開放の日、「保育園でもやっていけるかも」と期待した私は、焦りから息子のSOSに寄り添えず、感情的になってしまいました。
初めての場所や人の多さが、息子にとっては大きな不安だったと、さわ先生の本を読んで改めて理解できたのです。
今回の経験を通して、「息子が安心して過ごせる環境を、周りの大人たちと協力して整えていきたい」という前向きな気持ちが、今は不安よりも大きくなっています。
息子のユニークさを大切にし、無理なく楽しく過ごせる毎日を整え、小さな成長を一緒に喜びたい。
母である私が、いつも息子の安心と自信を支える存在でありたいと思います。

発達科学コミュニケーション
アンバサダー 岡本 芽依






